この世のどこかで、勇者がいて、この世のどこかに魔王がいて、この世のどこかでその二人が戦って、勇者が勝って…そんな後の話し。

 男は生まれ故郷に帰って来た。小さい村だが、平和な村だ。自分の成すべき事を全て終えたつもりでいたし、自分のした事を知っているものの近くで生きるのも嫌だった。
「…もしかして、そこにいるのはサイレス?。」
 自分の家の前でたっていると声をかけられ、振り向いた。
「……。」
 声をかけてきたのが自分の義姉だとわかり、男――サイレスは再び前を向いて家の中に入ろうとした。義姉はサイレスの腕を引っ張っていく。
「サイレス、私の家にきなよ。」
 義姉は強引にサイレスを自分の家に押しこむ。
「…どこも怪我とかしてない?。危ない所とか行かなかった?。」
 サイレスは自分の体を舐めて回るように見る義姉を鬱陶しいと思いつつもそのままにされた。
「…怪我とかしてたらこんな所にはいないか。そうよね、サイレス。」
 義姉は上目使いでサイレスをみた。
「……。」
 サイレスは威嚇するような目つきで義姉を見る。半ば、睨み付けているようにも見える。
「とりあえず、いうことはないの?。」
「…ただいま、義姉さん。」
「お帰り、サイレス。」
 そのまま義姉はサイレスにテーブルにつくように言って、彼の着ているボロ布のような外套を剥ぎ取る。
「本当によかったわ。魔王も勇者様に倒されて世界は平和になったし、義弟は無事に家に帰ってくるし。」
「ふん、勇者か。」
「…修業の旅に出るとかいっていたけど、強くなれた?。」
「さぁね。」
 サイレスは腕を組んで目を閉じた。
「…どこでも寝れるようにはなったな。」
「寝るつもりなの?。」
「そのつもりだ。」
 サイレスはそう言ってからしばらくして寝息を立て始めた。
「呆れた。」
 義姉は久しぶりに帰ってきた自分の義弟に振る舞う料理を作るために厨房に立った。

「義姉さんが結婚していたとはな。それもこんな男と結婚するとは、以外だな。…義姉さんも見る目がない。」
 言いたい放題のサイレスは夕食の時にはさすがに起きていて、義姉の作った料理を食べていた。この場には義姉とその夫、つまり義兄、とサイレスの三人だ。
「どうしてサイレスと連れこんだんだよ、テルル。」
 義兄が妻に向かって小さく言う。
「義弟は両親とあんまり中がよくないのよ。それに私の義弟なんだからいいでしょう。」
「わかったよ。」
「尻に敷かれているな、シャイアン。」
「…口の悪い奴だ。俺はお前の義兄だぞ。少しは口を慎めよ。」
「悪いね、俺はどうしてもお前がお義兄さんには思えなくてね。」
 すごいスピードで食べながらサイレスは言う。
「…そんなに慌てなくてもお皿は逃げないわよ。」
「残念ながら、早食いをするための旅立ったようでね。」
 皿まで食おうかといった感じで食事にがっつくサイレス。その様子に義姉、テルルはあっけに取られている。
「はしたない奴め。」
 シャイアンが顔をしかめた。言われたサイレスは食事の手を止めて、猛禽類のような目つきでシャイアンの顔を一瞥し、また食事に手をつけ始めた。
「…なんだよ、こいつ。こんな奴だったか?。」
 シャイアンは眉を顰めて底無しのように食べるサイレスと見ていた。

「サイレス、畑に行くぞ。」
「…たまにはいいだろう。」
 シャイアンに誘われサイレスは家を出た。もちろん畑を耕す道具も持って出た。
「ちわーす。」
「うっす。」
 シャイアンに挨拶をしたりするものもいるし、シャイアンから挨拶をするものもいる。サイレスは誰にも声はかけないし、誰からも声をかけられない。
「…無愛想だな。愛想よくしないと彼女ができないぜ。」
「女なんてくだらん。」
「いやぁ、夜はいいもんだぜ。」
 とシャイアンは昨日の夜の事を思い出して、顔を歪める。
「…草抜きか…。」
 すっかり苗も植えられた畑を見てサイレスは呟く。
「それだけじゃないぞ、害虫駆除に水撒き、肥料と忙しい。」
「…始めるぞ、シャイアン。」
 サイレスはシャイアンを置いて畑の中に入っていく。
 仕事を初めてしばらくして、シャイアンは視線を感じて顔を上げた。村の年頃の女性がサイレスの方を見ている。久しぶりに見て、どんな男に育ったのか気になったりもするのだろう。とりあえず、自分には関係のない事だとシャイアンは思い、再び仕事を始めた。サイレスの方はまるで気付いていないようだった。

 数日後、すでにサイレスは酷く無愛想になって村に帰ってきたが、問題も起こさず、村の住人に戻っていた。村の年頃の女性も旅に出た割には垢抜けたとか、あまりそんな感じもないサイレスに興味も薄れていったようだった。無愛想な感じがいいとか言う1部の女性もいるがそれは例外に入っていた。
「ギターか…。」
 サイレスは物置で見つけた楽器を引っ張り出して来た。テルルはサイレスがギターを手に何かしているのを見て声をかけてきた。
「出来るの?。」
「いくつか、流行歌とか、民謡ぐらいなら出来るようになった。」
「それなら恋の歌をリクエストするわ。」
「恋…却下だな。」
 そう言うとサイレスは村祭りの時のアップテンポな曲をひきだした。
「意地悪ね…。」
 テルルはそういいつつも、目を閉じて祭りの様子を思い出していた。
「魔物が出たぞー。」
 突然、そんな叫び声が聞こえて、村中が騒がしくなった。
「…に、逃げた方がいいかな、シャイアン。」
 テルルはシャイアンに向かって言うと、シャイアンは畑用の道具を持って立ち上がっていた。
「女達は一つの所に避難しておけ。俺達が何とかする。」
「…死んじゃ嫌よ。」
「当たり前だぜ。」
 シャイアンが不器用にウインクをしてから出ていった。
「サイレスはどうするの?。」
「さてね。」
 ギターを弾きながら魔物なんてどこ吹く風といった感じだった。
「頭…打った?。」
「突っ込む暇があるんだったら逃げた方がいいはずだ。」
「義弟を置いていけるはずがないでしょ!。」
「ヤレヤレ…。」
 叫ぶ義姉にサイレスはゆっくりと立ち上がった。
「義姉さん、今回が最後だと思っておいてくれ。あんたが自分の事しか考えない人間だったら、放っておいた。とりあえず、避難しておくんだな。」
 サイレスは家を出た。
戦いから逃げる男もいれば、魔物に向かう女もいる。
シャイアンは戦ってはいるようだった。
サイレスはゆっくりと魔物に向かって歩いていく。
「どけぇ!!!。俺がやる!!!。」
 サイレスが怒声を上げると一瞬、村人も魔物も動きを止める。
「GRRRRRRRRRRRRR!!。」
 魔物は叫び声を上げる。
サイレスは高く跳躍して魔物の頭上をとっていた。
「竜撃破!!!。」
 サイレスは叫び声とともに拳を魔物に打ちつける。
次の瞬間、光の柱が天に昇っていく。
魔物はすでに光の柱の中でチリになっている。
「すげぇ…。」
「いいぞ!、サイレス!!。」
「…まじかよ。」
 色々な言葉を聞きながら冷ややかな目つきでテルルの家に戻っていく。
「…私、びっくりした。」
「そうかい?。あんな魔物、旅先じゃ珍しくなかったぜ。」
 テルルがサイレスの強さの事をいったのに対し、サイレスはテルルの言葉にわざとボケる。
「…修業の旅っていうのは本当だったんだ。」
 サイレスが歩くようすを目で追うテルル。
「おい!。俺がそんなに珍しいか!。」
「あ、ごめん。」
 急に怒鳴られてテルルは我を取り戻す。サイレスは不機嫌な顔でまたギターを弾き始めた。今度はテルルのリクエストした、恋の歌だった。

 魔物を一瞬で退治して以来、村の女性達のサイレスに対する態度は一変した。男達も普通の村人とは同じようには接しなかった。少年達は尊敬の眼差しを与え、少女達は憧れの眼差しを送った。それに引き換え、サイレスは毎日が不機嫌になっていった。
 ある日の事。
「で、あんたは俺に何をしてもらいたいんだ?。」
「それは…。」
 女性がサイレスと仲良くなりたくて夜、彼の寝室に忍び込んで来た。珍しい事だが、初めてではない。サイレスは女性の顎をくいっと上を向かせる。自然と視線が絡み合う。
「抱かれたいのか?。抱かれたいのなら、抱いてやる。事が終わればさっさと出ていけ。清いお付き合いだったら、お断りだ。」
「う、う、う。」
 忍び込んできた女性は答えを出せずにいた。
「どうする?。」
「う、う、う。」
「リミットオーバーだ。」
 サイレスは女性を家の外に放り出した。
「次に夜這にくる時は心を決めておくんだな。」
 あざ笑うかのような顔で女性を見下ろしながら言う。女性のほうは蒼白なって帰っていく。その様子をテルルは気付かれないように見ていた。

 次の日、サイレスはシャイアンの畑仕事の誘いを断ってギターを弾いて遊んでいた。テルルもサイレスばかりかまっていられないので、洗濯とかを言えの近くでしていた。ふと気が付いた時にはサイレスのギターの音は止んでいた。
「出ていけ!!!。そして二度とくるな!。」
 サイレスの怒りを含んだ怒鳴り声が聞こえ、テルルは慌てて家の中に入った。ちょうど、怒鳴られた客人が帰るところだった。
「どうも、お邪魔しました。」
「いえ…。」
 礼儀正しくお辞儀をする客にテルルも慌ててお辞儀をする。テルルは客を見送ってから、きつい目つきでサイレスに向き直った。
「…昨日といい、今日といい、女性にきつくない?。」
「昨日?。ああ、見てたのか。趣味が悪いぜ。」
「覗いていた事に付いては謝っておくわ。でも、さっきの女性はお客でしょう。」
「…あんたは何も分かってないよ、義姉さん。」
 泣きそうな顔でサイレスは言った。

 しばらくして、サイレスは親しくしようとする人間にきつく当たり、すっかり孤立していた。
「だからよう、無愛想は止めろと言ったんだ。」
 シャイアンはテルルの用意した弁当をサイレスと分け合いながら喋っていた。
「こうしてサイレスと喋ってるのはいまじゃ、俺とテルルぐらいのものか…。お前が気に食わない割にはこの頃よく喋っているよなぁ。喋ってるのは俺だけで、サイレスは聞いてばっかだけどな。ハハハハハ。」
 本当によく喋ると思いつつもサイレスは口を噤んでいた。
「しかしテルルはよくサイレスみたいな奴を手なずけたもんだな。…美女と野獣だな、おい。」
 シャイアンがべらべらと喋っている間にサイレスは弁当のほとんどを平らげていた。
「…俺の弁当は?。」
「ああ、食った。」
「きさま!。」
 シャイアンがとっかかろうとするとサイレスはヒョイとよけて背伸びをする。後ろから近づいて来たテルルに気が付いてサイレスは軽く睨みつける。テルルも負けじとサイレスを睨みつける。
「…サイレス、ちょっといいかしら。」
 サイレスは頷いて義姉の後をついて行く。
「…なんだ、あいつ?。」
 シャイアンは満腹にならない腹を叩きながら立ちあがって、畑の中に入っていった。しかし二人が気になるようでちらちらとテルルのほうを見ている。どうやら森のほうに行くつもりのようだ。
「何かようか、義姉さん。」
 森の中に入ってしばらくしてからサイレスはいった。村の人は見えない。秘密の話をしても聞かれる事もないだろう。サイレスがそう判断しての事だった。
「…どうしてみんなと仲良く出来ないの!?。」
 テルルはサイレスの襟を掴んできつくいった。
「サイレスはこのままじゃ、村を追い出されるわよ!。」
 サイレスはそっとテルルの手首を掴んだ。
「そんな事は些細なことだ。それよりも自分の心配をしたほうがいいんじゃないか?。」
 襟を掴んでいたテルルの手をぐいっと離し、テルルを木の幹に押し付ける。
「何を!!。」
 叫ぼうとした所でテルルは口を抑えられる。
「俺は男で、テルルは女だ。」
「…私は義姉で、サイレスは義弟よ。」
「ここいるのは男と女でしかないと、俺は思うぜ。」
 サイレスが言わんとする事は解っていた。テルルは体をひねって逃げようとするが、逃れる事は敵わなかった。サイレスの足が太股の間に入れられて足を閉じる事も出来なくなった。
「いや…、止めて…。」
「…止めないね、俺はしたいようにする。」
「この!!!。」
 サイレスは男が殴り掛かってくるのを横目で見ながらテルルの体から離れた。
「俺のテルルに何をしやがる!!。」
「笑止だな。」
 二人の間に割り込んだシャイアンにサイレスは鼻で笑った。
「義姉さんを守れるなら守りな。」
 サイレスはそう言って村のほうに歩いていく。
「大丈夫か、テルル!。」
 がたがたと震えるテルルの肩をシャイアンは抱いて言う。
「あんな奴、追い出そう。それが一番いい方法さ。」

「今日はもうゆっくり休もう。」
 テルルに優しく言いながらシャイアンは家の戸を開けた。中ではサイレスが冷めた目つきシャイアンとテルルを見つめていた。
「出ていきやがれ!。」
「悪いが…俺の身寄りはここしかいなくてね。」
 出ていっても頼れる所はないのだという。テルルはきっと睨み付けてサイレスの前に立つ。
「何を考えているの!。」
「サイレスにかかわるのはもう止めろ!。」
「そうはいかないでしょ!。こんな奴でも私の義弟なんだから!。」
「義姉さん、俺が心配なら、体で止めてみたらどうだい?。」
 テルルは顔を赤くして怒りを露わにする。シャイアンもサイレスの言いたい事が解り、また殴りかかっていた。サイレスは目を細めてシャイアンを見た。
「うっ…。」
 シャイアンは思わず拳を止めた。サイレスはシャイアンを見ながら立ちあがった。そして殴りかかろうとする姿勢のままのシャイアンをサイレスは逆に殴りつけた。シャイアンは軽く吹っ飛びそのまま気絶してしまう。
「何をしたの!?。」
「睨みつけただけさ、こういう風にな。」
 同じようにテルルを睨みつける。テルルはその瞬間全身が凍りつくような感覚に襲われた。恐怖からくる動物的勘なのか、体はいう事を聞いてくれない。いや、頭が体に動くように指令を出してくれない。出来る事はただ、サイレスの瞳を見てかたまる事だけ。
「…楽しませてもらう。」
 テルルは引きつった顔でサイレスの瞳を見ていた。
 蛇に睨まれた蛙とはこの事か、頭の中では自分の貞操の事を考えず、こんな下らないことを考えていた。

「…どうしてこんな事をしたの?。」
 義姉はサイレスのベッドの中でサイレスに背を向けたまま寝ていた。サイレスは答えずに暗くなり始めた空をただ見つめていた。
「男というのは無様だな。」
「シャイアンは私を守ろうとしてくれたわ。」
「ふん。」
 サイレスは服を整えて部屋を出た。テルルはそのままサイレスのベッドの中で目を閉じた。テーブルについてみて、シャイアンがいないことに気が付く。事の最中であっても邪魔にこないようなやつだ。居なくなっていたって不思議はない。サイレスはギターを弾き始めた。哀しいメロディーが流れてくる。隣の部屋に居るテルルにも哀しさが伝わっていた。
「懲りないやつだな。」
 ギターを弾きながらそっと後ろに立ったつもりのシャイアンに向かって言う。
「…今度やったら、死ぬぜ。確実にな。」
 曲が終わってからサイレスは言った。シャイアンは何かしら刃物を持って後ろに立っているのがわかった。サイレスは立ちあがってシャイアンの手から刃物を取りテーブルの上に置いた。
「もう、義姉さんには飽きた。」
 そう言うと家の外に出ていった。
「一度、勇者さまに爪の垢でも煎じてもらいやがれ!!。」
 サイレスは不思議そうな顔でシャイアンに尋ねた。
「勇者は一体何をしたんだ?。」
「…お前、本気で言っているのか?。」
 勇者が魔王を倒したのはこんな小さな村にまで届いているのだ。今日び、三才の子供だって知っているだろう。いつの間にか、サイレスはシャイアンの前から姿を消していた。慌てて家を飛び出して見ると、サイレスは丘の方に向かって歩き出していた。
「どいつもこいつも、勇者、勇者と…、気に食わない。あんな奴のどこがいいのか。」
 丘を上りきった時にはもう空には星が瞬いていた。サイレスは横になって目を閉じた。
「ステラ、酷い女だ、お前は。」
 闇の世界の中でサイレスは呟いた。
「…そこに居るのはサイレスか?。」
「……なんだ、お前か?。」
 突然声をかけられて、サイレスは声の主のほうを見た。
「さっさとどこかに行け。今はおまえの相手をする暇はない。」
「暇そうに見えるがな。」
「ぶち殺すぞ。」
「変わっていないな…。それでこそ、魔王候補だな。命も惜しいし、これで失礼する。」
 サイレスの知り合いは誰とも会わなかったかのように歩き去っていく。サイレスは足音が聞こえなくなると目を閉じて眠りに入っていった。

 次に気が付いた時はすっかり日も高くなっていた。
「…妙に気分がいいな。」
 澄んだ青空のせいかも知れない。寝転んだまま、雲の流れる様子をサイレスはずっと見ていた。
「ねぇ、横に座っていいかしら?。」
 サイレスは顔を少し上げて、丘を上ってくる人物を見た。義姉だ。昨日の今日だというのに、昨日の事はなかったかのような振る舞いだ。テルルが横に座るとサイレスは反対方向を向いて横になった。用事があるのか、ないのか、何も言わずにテルルが横に座っている。
「義姉さんは俺の一番大切な人だ。」
「…本気で言ってるの?。」
 眉をひそめてテルルは言う。昨日酷い事をした男の言う事とは思えない。その事がわかってか、サイレスは苦笑した。しばらくして今度は笑いに変わった。サイレスは飽きるまで笑いつづけた。テルルは久しぶりに聞いたサイレスの笑いを心地良く耳で聴いていた。
 それからサイレスは急に昔話を始めた。近ごろにない饒舌で村に居たころのことを喋り出す。
野犬に追いかけ回されて、義姉に助けられたこと。
木登りをし、下りられなくなって、義姉に助けられたこと。
近くの町に物を売りに行って、迷子になって、義姉に助けられたこと。
 喋っていて、サイレスはつくづく義姉にお世話になっている事を思い出して、また笑い出した。テルルは一言も喋ったりしなかったがサイレスが昔のようになってくれて嬉しかった。
 ふと、テルルはサイレスが旅先でした事を一言もしゃべっていないことに気が付いた。
「おおーい!!。」
 今度は下からシャイアンが上って来た。
「なぁに、あなたー。」
「サイレス、すごいお客様が来たぞ!!。」
 シャイアンは息を切らしながら丘の上に上って来た。
「…おほん、その前に、昨日の事はテルルが許すと言っているし、俺も許すことにした。」
「…そうかい。」
 シャイアンが入って来た事で、サイレスはまたいまのサイレスに戻ってしまった。
「それでだな、そのお客様っていうのが、これまたすげー美人でよ。お前、いつも間にあんな美人とお知り合いになったんだ?。ま、とにかくお相手しろよ。」
 怪訝な顔つきでサイレスはシャイアンの言葉を聞いていた。
「知り合い?。」
「会ってみないとなんともいえない。」
 サイレスは立ちあがり、草を払ってから丘を駆け下りだした。
「ようし!。」
 テルルもサイレスに見習って駆け下りだした。頬にあたる風が気持ちいい。シャイアンは息を切らしたまま丘を駆け下りだした。はっきり言ってしんどいだけだった。
 サイレスが扉を開けると見なれない金髪が背中を向けて座っていた。そのまわりには護衛が数人付いている。金髪が客なのは明らかだった。金髪の前には義父と義母が座ってサイレスに早く席に付くように目で合図を送っている。
「失礼、少し準備をしてまいります。」
 サイレスは奥に入っていって、適当に身なりを整え、顔を洗った。
「サイレスは、お父さん。」
 テルルが戻ってくるとほぼ同じにサイレスも奥から姿をあらわした。サイレスは義父と義母の間の席に座り、金髪を見た。知らない顔だ。
「どちらさまで?。」
「…サイレス様、私の夫になって頂けませんか?。」
 金髪は顔を赤く染めて、視線をサイレスから外しながら恥ずかしそうにいった。藪から棒の出来事にサイレス以外のものは驚きを隠せないようだった。
「…残念ながら、俺はそんなに安い男じゃない。ウェンディーから聞いて知っているはずだ。俺を引っ張っていきたかったら、俺より強い奴を連れてきて無理矢理引っ張っていくか、俺にみあう、最高の女を用意することだな。…どちらも無理だろうがね。」
「な、なに自惚れた事を言っているのよー!!!。」
「義姉さん、これは事実だ。」
「で、でも、こんな人と結婚できるなら、しておいた方が…。」
 と義父が口を挟む。サイレスは立ちあがって言う。
「馬鹿でなければあの扉が見えるだろう。あそこは出口だ。解るな?。」
「…はい。」
 消え入りそうな声で金髪は言う。
「あの…、結婚は私としてくれなくともかまいません…この際別に。私と共に来てくれたら、我々が出来るかぎりの事をあなたにする事をお約束します。だから、我々にお力を貸してください。」
 最後の頼みとばかりに強い口調で言う。
「くどい!!。ウェンディーが無理な事をお前等のような輩が出来ると思うてか!!。」
「…サイレス様を動かせるのはステラ様だけというのは本当なのですね。」
 悲しそうな金髪に向かってサイレスは氷のような声で言う。
「死にたいのなら殺してやる。言われていたはずだ。その名前は俺の前では禁句だとな。知らなかったのなら、自分の不運と教えなかった奴を恨むんだな。」
 サイレスは静かに金髪の前に手をかざした。
「俺も人の子だ、情けはある。死ぬ前の言葉があればいえ。」
 義父と義母はオロオロするだけだ。シャイアンはまだ戻ってこれていない。金髪を初めとする護衛達は死人のように青くなってしまっている。
「止めなさい、サイレス!!。」
「こればっかりは譲ることは出来ないね。お客さん、さようなら。」
 サイレスの手が一瞬光を放つ。
「…ウェンディーめ、邪魔をしたな。」
「解っているの、サイレス!!。力を向ける方向が違うでしょう!!。」
 新たな乱入者に義父と義母はオロオロとするばかりだ。テルルは新しい乱入者がこの前来たお客だという事がわかった。彼女はウェンディーといって急に現れて金髪のお嬢様を助けたらしい。
「…どこから来たの?。」
 テルルの素朴な疑問にウェンディーは気が付いて挨拶を始める。テルルも慌てつつも何とか挨拶はしていく。サイレスは肩の力を抜いてウェンディーにいう。
「確かに力の向ける向きが違うようだ。」
「じゃぁ!。」
「力は貸さない。世界中を這いずり回ってでも俺にみあう女を探してくるんだな。」
 ウェンディーはテルルをサイレスの前に出した。
「…おしいな。」
 その一言でウェンディーはテルルを離して、家を出た。もちろん護衛達も顔面蒼白で出ていく。
「…なんだ、お客様はもう帰るのか?。」
 肩で息をしながらシャイアンがやってきた。
「で、誰だったんだよ、あの金髪は。」
「さぁ。」
 テルルが答えると、サイレスはギターを手にとって言った。
「どこかの国のお姫様だろ。」
「でーーー。」
 シャイアンは大声を上げた。
「ど、どうしてそんな方を追い返したんだよ。」
「俺の女に相応しくないからだ。」
「本気か?。」
「本気みたいよ。」
 サイレスに言ったシャイアンの返事をテルルが代わりにやった。
「お義父さんとお義母さんを家に連れてってくれ。」
 それだけ言うとサイレスはいつものようにギターを引き始めた。シャイアンはボーゼンとする二人の父母を連れて再び家を出る。
「ねぇ、サイレス。」
 サイレスはちらりと視線をやってテルルに続けるようにいう。
「もしかして、あなたが勇者様?。」
 サイレスは馬鹿々々しいという風に笑う。
「でも、どうしてあんなに一生懸命に力を借りようとするの?。」
「俺の知る必要のない事だ。」
「それじゃ、ここからは仮定の話しね。」
 前置きを置いてからテルルは続ける。
「勇者の力を借りないといけないぐらいの世界の危機だとする。その勇者がサイレスだとする。サイレスは力を借りるには女をよこせという。私が頼んでもダメ?。あ、でもさっきのお姫様に比べるとやっぱり不細工かな、私は。」
 サイレスはクックックと喉の奥で笑った。
「どうかした?。」
「勇者は人々の為に魔王をぶっ倒すぐらいのご立派な奴なんだぜ。そんな奴だったら女をよこせなんて言わないね。」
「何か、隠してない?。」
「…また、旅に出るかな。」
「旅って…本気?。」
「この調子じゃ、またウェンディーの奴がくるだろう。あいつの知らないところに行っておかないと世界中から女を連れてきかねないからな。」
「…もう遅いわよ。」
 さっき帰ったはずのウェンディーがまた戸口に立っていた。
「やれやれ、義姉さん。このギターはもらっていくぜ。」
 サイレスはそう言ってウェンディーの前に立った。
「次の女は、この私でどう?。」
「論外だな。じゃぁ、義姉さん。迷惑をかけた。」
 サイレスはギターだけ持って家を出た。
「サイレス、待って!。本当はあなたは勇者なんでしょ?。」
「…ああ、そうだ。勇者だ。義姉さんはこう言えば、満足なんだろ?。」
「私は真剣に話しているのよ。」
 サイレスは追って来たテルルの前に立った。
「…テルルはこの勇者になにかして欲しい事があるのか?。」
「…みんなの力になってくれる?。」
「仕方がない、今回だけは世界の為に働いてやろう。」
 サイレスは苦笑した。ステラだってそれを望むのはわかりきっていた事だ。
「ウェンディー、俺は明日、出発する。」
「了解。他にする事は?。」
「魔王の体の封印と魂の破壊、そして俺の剣を取ってくることだ。出来るな?。」
「あなたの力を百パーセント出すことを可能にするのは私の力があっての事よ。」
 ウェンディーは楽しそうにサイレスのサポートを任せるように言う。
「落ち合う所は、そうだな。」
「あの場所ね。」
 ウェンディーがいうとサイレスは目を閉じた。
「ステラに挨拶に行くのも悪くない。」
 勇者はそういって義姉、テルルを見た。テルルは嬉しそうに、誇らしそうに、義弟、サイレスを見た。

 

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