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特集Bインタビュー/愛媛の教科書問題


 来春開校する県立中高一貫校の教科書を決める県教育委員会が近づいてきている。焦点は昨夏、県立ろう・養護学校の一部で採択された「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版中学歴史教科書の採否。同教科書の採択推進、反対をめぐり、教師や活動メンバー、戦争体験者から、それぞれの主張を聞いた。(歴史教科書問題取材班)

(2002/07/24〜26 『愛媛新聞』より)

◆自国の愛情持たせよ◆
大津寄 章三氏 (おおつき・しょうぞう):46才。重信中教諭。「新しい歴史教科書をつくる会」評議員。扶桑社版「新しい歴史教科書」の執筆者の一人。社会科教諭。伊予郡松前町。

・・・歴史教育の在り方についてどう考えるか。
 自国への愛情を持たせることが目的。これまでの歴史教科書は、祖先を糾弾する立場で書かれ、歴史を学べば学ぶほど自国が嫌いになり、日本を愛せなくなっていく。これでは日本人であることが恥ずかしくなる。

 日本の近現代の歩みには大きな間違いもあっ手が、それは弁護士の目で教えるべきだ。間違いの事実を認め、なぜその道に日本が踏み込んだか、当時の人がどう悩んでいたかを、愛情ある目で教えなければならない。

・・・扶桑社版歴史教科書を推薦する理由は。
 新学習指導要領には「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を深める」と書かれてある。今までの教科書は外国から借りてきたような歴史観でとらえられているが、扶桑社版は日本人が長い年月をかけて育ててきた感性、智恵を日本人の目線でとらえた画期的なもの。指導要領に最も沿った内容だ。

・・・扶桑社版を採用した場合、現場教師にとってどうか。
 教えやすい、教えにくいの両面がある。教えにくいのは、今までの教科書とは記述が変わり、一つの事柄に対して賛否両論の立場から書かれている。一方的な見方しか書いていなかった従来の教科書になれている教育現場には、違和感が生じると思う。

 教えやすいのは歴史的事実の因果関係をはっきりとらえている点、。れきし(history)は物語(story)であり、国や歴史の流れが物語としてすんなり生徒の頭に入っていく。

 ただ、愛媛の教員の性質なのだろうか、職場での論議は驚くほどない。歴史教科書問題は、外国をも巻き込んだ大きな問題となり、社会科教員にとっても職業の根底にかかわることなのに。

・・・アジア諸国と日本の歴史認識の違いをどう思っているか。
 扶桑社版を批判している中国、韓国の歴史教育は、いかに自国を好きになる国民を育てるかに尽きる。例えば、韓国では伊藤博文を暗殺した安重根は、植民地支配に立ち向かった英雄だ。日本から見れば、明治の元老を暗殺したテロリスト。

 それで構わないと思う。各国で同じ内容で教える必要はない。自国に誇りを持たなければ、他国を暖かく見ることはできず、国際友好も成り立たないからだ。

◆日本人の誇り持たせる◆
宮川 康氏 (みやがわ・やすし): 70才。県教科書改善連絡協議会会長。「新しい歴史教科書をつくる会」県支部監事。1974年から松山市議1期。税理士。松山市。

・・・扶桑社版中学歴史教科書を推す理由は。
 文部科学省の新学習指導要領「日本の文化と伝統を広い立場で勘案する。歴史への愛情を深める」に沿って、先人に敬意を払い、日本人であることに誇りを持つことができる内容。他の教科書には、その視点はなく、勉強するほど「日本人がいかに悪いことをしてきたか」を感じるような「自虐史観」「犯罪者史観」に貫かれている。

 それらで歴史を学ぶ中学生は日本時であることに到底誇りを持てない。公に奉仕する心を忘れ、権利だけを主張するような考え方が芽生える。

・・・「犯罪者史観」とは。
 扶桑社版以外の教科書には、とにかく「日本人は悪いことをしてきた」と書いてある。特に戦前の記述は。また、日本は戦後の米国による占領で断罪され、民主主義を与えられたという流れだ。

 しかし、日本は明治維新で近代化し、大正デモクラシーでは政党内閣や議員内閣制をつくり、自ら民主主義を実践した。普通選挙権も世界に先駆けた。米国に占領されずとみ、自らの手で民主主義を確立し、発展させ、成熟させることができた。

 他の教科書は「民衆は不満を持っており、政府側は抑えつけてばかりだった」と、この家庭も真っ黒に塗るつぶす。事実は違う。

 慰安婦問題でも、軍は強制などしていない。公娼(こうしょう)制度の延長で、各国軍にいた。戦争と性の問題はついて回るものだ。大学生らに公平に教えるならよいが、中学生に、日本軍だけが悪いかのように教えるのはおかしい。

・・・教科書問題をどうみるか。
 反対派が言うように、教える側に教科書を選ぶ権利があると考えるのはおかしい。それでは、教える側のイデオロギーを一方的に押しつけることになり、中立性も公平性もない。

・・・反対派は「戦争賛美」と主張しているが。
 歴史は、先人の苦労や智恵を学ぶべきだ。もちろん陰の面も。しかし、その時代の生身の人間の苦労や葛藤(かっとう)があり、それを今の価値観で一面的に断罪することは許されない。他の教科書は祖先の時代を悪魔のように描いている。

 こう主張すると、「戦争賛美」といわれるが、扶桑社版を読めば、賛美していないことは一目瞭然(りょうぜん)。悪い教科書とのイメージを抱かせるための反対派のレッテルにすぎない。

◆国愛する気持ちこもる◆
大矢野 幸雄 (おおやの・ゆきお): 77才。戦争体験者。終戦後、シベリア抑留を経験。帰国後、商社に勤務。現在は無職。戦争体験から教科書問題に関心を持つ。松山市。

・・・戦争では、どのような体験をしたのか。
 旧満州(中国東北部)の国境守備隊員だった。すべて負け戦で終わった。1945年5月に兵器・弾薬を南方戦線に送り出し、銃や剣をまともに持っていないものも多かった。たたく前から敗残兵のようだった。

 飲まず食わず眠らずでソ連兵と戦った。それは惨めだった。終戦の日が一番の激戦で、玉音放送があることも知らなかった。2秒か3秒ぐらいの差で命拾いしたこともある。入っていたタコつぼ(穴)がつぶれたこともあった。危ない目はいくつも経験した。

・・・そのような戦争体験を支えたのは、どのような思いからか。
 「お国のため」ただ一点。自分の家族、親せきを含め、みな国の一部だと思えば戦うことができた。人間は必ず死ぬ。その中で、いかに公のために殉ずるかだと思う。

・・・教科書問題に興味を持ったのは、そうした経験、おもいがあってのことか。
 扶桑社版は百点満点とは言えないが、日本を愛する気持ちを持っているということは言える。日本をよくしたい、日本が好きだという気持ちが表れている。私たちの世代の大部分の気持ちを代弁している。戦争を体験した仲間も私の気持ちを理解してくれる。

・・・扶桑社版に反対する人たちは「戦争を賛美する内容だ」と批判しているが。
 話にならない。「戦争は用意ものだ、またやりましょう」とでも書いているのか。特攻隊を勇敢だと書いているというが、国のために亡くなった人に対して、イヤ委亜yしんだと書く国がどこにあるのか。勇敢だったと記述するのが支社に対するエチケットではないか。現在の視点で歴史を振り返ると、おかしなこともあるだろう。しかし、半端な獅子期で過去を批判することは、先人を不当におとしめるものだ。

・・・「戦争は善か悪か」という議論があるが、どのような戦争観を持っているか。
 私の身命はいつでも国にささげる。決して戦争が好きなわけではない。戦争への感傷だと思われると心外だ。あんな惨めなものはない。しかし、それでもなお「必要ならば」と思う。教育が万能とまでは思わないが、そういう「国を愛する気持ち」を一番教えようとしているのが、扶桑社版の教科書だ。

◆民主的な歴史教育守れ◆
古屋 直康氏 (ふるや・なおやす): 68才。元松山東雲中高校教諭。「教科書問題ネットワークえひめ」会員。7月10日に提訴したえひめ教科書裁判原告団の一人。元社会科教諭。松山市。

・・・歴史教育の在り方をどう考えるか。
 皇国史観に凝り固まっていた戦前から、敗戦を経て歴史の見方が変わり、民主的な歴史教育に変わった。戦前と戦後で最も変化した学問だ。

 過去の歩みを学ぶ中で今を見つめ直し、将来に同つなげていくかをチェックしていく「温故知新」の考え方が歴史教育の基本なのだ。

・・・その観点から、扶桑社版歴史教科書をどう評価するか。
 扶桑社版は「過去の事実を過去の人がどう考えていたかを学ぶこと」と位置づけ、当時の人は一生懸命やっていたのだから批判するのはやめようという姿勢が貫かれている。これでは、歴史から学ぶという姿勢を否定しているものも同然だ。

・・・太平洋戦争の記述を特に問題視しているが。
 特攻隊員の遺書を読ませ、戦争中の人々の心情を生徒に書かせようとしている点など、心情に訴える形で歴史を見ようとしている。科学的に見ず同情論で語ることことは、戦争の本質を見失うことになり、非常に危険だ。

 戦争は優しい父や祖父、曾祖父を鬼に変えうるという本質を教えるべきで、自分たちの主張に都合の良い部分だけをつまみ食いするのは、学問の世界では論外。例えば、南京大虐殺がなかったと歴史的事実を否定するような姿勢では、21世紀に日本人がアジアの中で生きていくことはできない。

・・・この問題をめぐる愛媛の動きをどう見るか。
 戦時中、障害者が戦争の役に立たないと差別された事実がある中で、戦争の記述が問題視される教科書を障害者に押しつけたのは極めて悪質だ。

 さらに、中高一貫校で採択するようなことになると、全国に先駆けて教育現場に勤務評定を導入した愛媛がまた、全国的に恥ずかしい思いをする。歴史に語り継がれる過ちをしてほしくない。

・・・アジア諸国との歴史認識の在り方をどう考えるか。
 ヨーロッパと同様に、日本、中国、韓国という侵略した国と、された国の歴史学者が、共通の歴史認識を模索する学問的な話し合いを始めた。その中で、アジアの友好関係が築いていけると思う。日本は謝罪することは謝罪し、今後の未来を切り開くために、「アジアの人たちとともに」という視点を持たなければならない。だからこそ、歴史教育は重要なのだ。

◆軍国主義教育へ逆戻り◆
萩野 美枝子氏 (はぎの・みえこ): 81才。「止めよう戦争への道!百万人署名運動」県連絡会代表。小泉首相靖国参拝違憲確認訴訟、えひめ教科書裁判の原告の1人。キリスト教婦人矯風松山支部長。松山市。

・・・扶桑社版中学歴史教科書を読んでの感想は。
 頭の良い人が書いた教科書で、さすがに文章はうまいなと感じた。一般の人がさっと読んだだけでは「日本はそんなに悪くないんだ。この教科書で別にいいんじゃない」と思ってしまう。ただ丁寧に読めば、具体的な史実でなく、その時代の人がどう考え、行動したかを書く「自由主義史観」に貫かれている。

 物事は戦争のような絶対の悪でも、ある面からみれば良いように見える。例えば、この教科書では、第二次世界大戦はアジアのための戦争とされ、国のため天皇のために死ぬのが素晴らしいと結論付けている。

・・・真実を書いていないと思うか。
 これまでの歴史教科書でも、戦争の悲惨さなど真実は書かれていないのに、「自由主義史観」の教科書が文部科学省の検定を通ること自体に驚いた。従軍慰安婦に関しては、他の教科書でもわずかに一行書いている程度だったが、扶桑社では触れてさえいない。

 私たちは先の侵略戦争で大きな罪を犯した。罪を隠して「日本は素晴らしい。誇り高い民族で、アジアのために働いた」と、子どもにうそをつくことはできない。確かに、戦後独立したアジアの国はあった。しかし、決してそのための戦争ではなかったはず。

・・・戦争を美化していると感じるか。
 一字一句そう書いているわけではないが、上手に美化している。在位期間が長かった昭和天皇について詳しく記述し、天皇を大事にし、国のために死ぬことが一番意義のあることだと読める。

 ただでさえ、最近の子どもたちはテレビゲームや漫画の影響で戦争を悲劇と感じていない。この教科書で学べば、残虐な戦争の姿を知らない子どもが育つ。それでも両親が真実の戦争を知っていれば訂正できるが、最近の親は近代史を知らない。また、大人なら少しは判断できるが、子どもでは難しい。恐ろしいことだ。

 有事法制、小泉首相の靖国参拝問題、教科書問題。これらの根は皆同じ。戦争を始めるための準備だ。根底には戦争への道が見える。中でも歴史教科書は子どもが使うもの。子どもに戦争が「悪」でないと教えるのは絶対にやめてほしい。教育勅語が廃止され、少しは個を大事にする教育へ向かっていた。自分がしょうわ初期に学んだ軍国主義教育へ逆戻りだ。

◆韓日の友好関係に冷水◆
張 信氏(ちゃん・しん): 33才。日本の教科書を正す運動本部政策局長。韓国延世大・培材大非常勤講師(韓国近代史)。加戸守行知事らを提訴した「えひめ教科書裁判原告団」の1人。ソウル。

・・・教科書裁判原告団に韓国から参加した理由は。
 去年の採択を見て憤りを感じた。今年も愛媛が全国に先導的な役割をしようとしている。扶桑社版教科書が県立中高一貫校でされれば、せっかくワールドカップで盛り上がった韓日の友好関係に冷水が浴びせられる。反日感情からの採択反対ではない。今後の真の友好を築くために今年の採択はあってはならないとの思いで加わった。

・・・扶桑社版の問題点はどこにあるのか。
 教科書自体が政治的な思惑でつくられている。この教科書で、どんな子どもたち、どんな人間を育てようとしているのか。東アジアの平和や韓国との関係を蒸しし、自分たち本位の歴史観を持つ人間ができるのではないか。

 どこの国でも自国への誇りは持たなければならないし、持ってしかるべきだと思う。韓国でもそのように育てている。しかし(扶桑社版は)その方法が良くない。韓国という比較対象ををおいて、自分たちの民族、自国が素晴らしいと書いているが、それはよくない。

 (扶桑社版では)戦争がかっこいい対象となっている。戦争に対する恐怖心を取り除き、戦争ができる国家づくりを目指していると思う。韓半島(朝鮮半島)では、南北が分断し、米軍も駐留するなど、軍事緊張が残る中で、日本が戦争できる国家づくりをしようとしていることは、何を意味するのか。韓国で懸念されている。

・・・韓国と日本が歴史をめぐって対立するのはなぜか。
 事実に対して「認める」「認めない」から論争が始まっている。従軍慰安婦問題についてもそう。事実は事実と認め、その解釈は、後で話し合えばよいのではないか。

・・・従軍慰安婦問題で、扶桑社版を推進する人たちは、証拠について疑問視しているが。
 慰安婦だった人たちに生存者がいて、研究がなされている。それなのに、なかったことにしたり、戦争だから当然だといったりするのでは話しにならない。

 問題があるのに、問題を問題と思わない人が問題。実在の人が主張していることに関して、それを問題だと思わないのは、当事者でないから言えること。目をつぶってはならない。(通訳・在日韓国青年同盟大阪府本部の高銖春副委員長)