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扶桑社版歴史教科書認識批判に疑問(2002/09/19 『愛媛新聞・門』より)
<伊予市/篠崎 照教(51)/会社員>
◆先日の門の投稿に「扶桑社版歴史教科書認識おかしい」と題して「日本人を名乗れぬほどに恥ずかしい」とあった。いやはやとんでもない解釈だ。間違わないでほしい。「当時そうだった」と説明してあるだけであって、「今日、そうしなさい」と教えているのではない。
◆正しい批判があるとすれば、「日本はアジアを侵略しようとして戦争を始めた。現に私もそう思って兵役に就いた」とか「植民地の宗主国に逆らえ戦えなんてそんなバカな。私は恐ろしくてとても言えない。ひたすら平和的に独立する手だてを考えなさいと念じた」とか言うべきである。教科書に何が書いていようが、問題にすべきは、それが正しいかそうでないかである。
◆科学の教科書ならそれは比較的簡単に判断できる。しかし、歴史教科書はそうではない。ではどうするか。当時の雰囲気を、事実を、リアルに伝えているではないのか。いわば、現在の思想で料理するために当時の食材を提供しているかどうか。それが大事だと思う。歴史教科書は、人間の歴史を知るために在って、思想を学びこそすれ、線のするために在るのではない。扶桑社の教科書を見て好戦的で戦争に導くと言い募るのは、彼らの良しとする教科書が死そう教育的に作られているからに違いない。