愛媛の教科書問題 > 愛媛の教科書問題「特集・オピニオン」

扶桑社教科書の問題点/史実と神話混同する可能性も(2002/09/01 『愛媛新聞・読者の広場』より)
<大阪市・上杉 聡(55)/日本の戦争責任資料センター事務局長・関西大講師>

 高嶋伸欣琉球大教授と私が扶桑社の歴史教科書を批判したことに対し、愛媛新聞8月21日付で藤岡信勝東京大教授から反論が寄せられた。ここに私たちの見解を再度示しておきたい。

▼神話 藤岡教授は、学習指導要領にしたがって神話を載せたまでで、「史実と…混同される余地はない」と弁明しておられる。しかし、学習指導要領は、「考古学などの成果を活用」し、それとの対比の上で、「神話・伝承などの学習を通して、当時の人々の信仰やものの見方など」を知るように述べている。

 ところが扶桑社の教科書は、記紀神話が整えられる奈良時代よりはるか以前の縄文・弥生時代から同神話があったかのように紹介をはじめ、その後も史実…神話…史実…神話と交互にに大量(都合9ページ)の神話を登場させた。しかも、史実と神話の協会は巧妙にぼかされ、(神話の)「草薙の剣…は、やがて『三種の神器』の一種となり、(歴史上の)「歴代の天皇に受け継がれる皇位のしるしとなった」と、完全に両者を結合させている。子どもたちが史実と神話を混同するのは確実であろう。

▼与謝野晶子 扶桑社の教科書は「君死にたまふことなかれ」の詩について「戦争そのものに反対したというより、弟が製菓業をいとなむ自分実家の跡取りであることから、その身を案じていたのだった」と一面的な説明をしている。

 晶子は勿論イデオロギー的な反戦思想の持ち主ではないが、当時強い厭戦(えんせん)感にもとづく反戦意識を抱いていたことは、右の詩が「親は刃をにぎらせて人を殺せとをしへしや」としているなど、一読すればわかることだ。

 彼女を批判した大町桂月にも、「当節のやうに(戦って=筆者)死ねよ死ねよと申し候こと…教育御勅語などを引きて論ずることの流行は、この方かえって危険と申すものに候はずや」と反論した。扶桑社の教科書が死ぬこと(玉砕)を美化し、教育勅語を全文掲載して高く評価したことへの批判ともなっていて興味深い。こうした晶子の姿を抹殺することがこの教科書の目的だろう。

▼関東大震災 扶桑社の教科書は「社会主義者…を殺害」したのは「住民の自警団など」と書いた。藤岡教授は、「住民だけが社会主義者を殺害したと書いているわけではない」ので問題ないとしておられるが、「住民」が社会主義者を殺害した例はない。大杉栄の惨殺は憲兵が、亀戸事件と呼ばれる労働組合員の殺害は警察と軍隊が行った。これでは戦前の軍や警察を擁護する教科書と受け取られても仕方なかろう。

▼満州事変 関東軍の行動を日本の政府と軍部中央が次々と追認した事実に触れていないとした私たちの指摘を、藤岡教授は記述の「力点」がそこになかったから、と事実上認めておられる。ならば(記述に)「過不足はない」などと強弁すべきではない。当時の軍部中央、そして政府にも、関東軍に呼応する動きがあったことを記すべきであるし、その事実を隠すことがこの教科書の意図ではないかと私は考えている。