愛媛の教科書問題 > 愛媛の教科書問題(2) 2002/08/15

◆社説/扶桑社版教科書採択/結論も手続きもベストなのか


 選ばれたのは、昨年と同じ教科書だった。

 来春開校する県立中高一貫校480人の歴史教科書に、県教育委員会は、扶桑社版の教科書を採択した。昨年に続き、全国的にも得意な結論を再び選択したことになる。

 昨年来、この採択問題は県内は勿論、国内外の激しい論議を巻き起こした。なぜ「あえて扶桑社版」なのか。昨年も抱いた疑問を、今年もまた提起せざるを得ない。

 問題は、大きく2点に分けられる。第1は、扶桑社版教科書の内容そのものだ。

 憲法軽視、戦争美化と多くの人が懸念を表明しているとおり、その歴史観はやはり、異彩を放つ。「従来の自虐史観で、日本の悪いところばかり教えていては日本人の誇りを持てない」と言った主張に基づき、情緒的な表現で「大東亜戦争」の目的などを肯定的に叙述している。しかし、教科書は一般書籍と異なる。論争が決着していない問題について、一方的な価値観に基づいた記述に偏ると、教育現場は混乱する。

 細部についても、検定合格後も含め、これまで計258カ所訂正している。他者に比べ内容にかかわるミスが多い上、まだ143カ所の誤りがあると指摘する専門家もおり、信頼性に疑問がある。

 扶桑社版の「教師用指導書」を見れば、その復古主義的な本質は、より鮮明になる。例えば「アジア解放に対する日本の功績を2つ書きなさい」。回答例は「有色人種が白色人種に勝てることを示したことと、日本人が東南アジアの人に戦争の仕方を教えたこと」…

 過去の事実から決して目をそらさず、戦争への痛切な反省から学び、未来への教訓とする。それが、歴史を学ぶ真摯(しんし)な態度ではないだろうか。反省なきナルシシズムから、日本人の誇りが生まれるとは思えない。

 第2の問題は、採択の経緯である。

 加戸守行知事は、昨年の採択前に「扶桑社版がベスト」との「感想」を県教育長に伝え、批判を招いたにもかかわらず、今年も「(採択は)県政最大の課題」などと述べた。知事は教育長や教育委員を任命する立場にあり、その一言は、市民団体の賛否行動よりも大きな心理的圧力になり得る。採択前に公然と発言を繰り返す姿勢は、公正中立とは到底言い難い。

 県教委は「子どものために、一番学びやすい教科書を選ぶ」という視点があったかどうかが問われる。全会一致という結果を見れば、昨年の結果や知事の意向などを踏まえ、予断を持って「採択ありき」で非公開の審議に逃げ込んだのではないか、との疑問は消えない。

 県内のある教諭は「重い荷物を教師が背負わされたが、憲法に従って、良心を貫き、子どもたちに誠実に対応していくしかない」と話す。どんな教科書であり、本当に大切なのは、どう教えるかだ。

 単なる知識だけではなく、他者への配慮や多様性を認め合う寛容さなど、人としての成長に欠かせない大切なものを、子どもは学ぶ。教科書とは、そのための「道具」でもあることを忘れないでいたい。