消えたり刺されたり遭難したり、とにかく散々な冬も過ぎた、ある日の事。

「おつかれーっす……って、誰もいないのか」

 まあ、ノックの返事が無い時点でわかってはいたんだけどな。

 自分に突っ込みを入れながらハンガーを取り出してコートを掛けた俺は、いそいそと電気ストーブのスイッチを入れて、お馴染みの椅子に腰掛ける。

 新年を迎えたとは言え、立て付けの悪いドアから入り込んでくる空気はまだまだ冷たく、窓を揺らす風は高い音を立てながら踊っていた。

 外の様子を眺めながら、換気は暖まってからにしよう、などと自堕落なことを考えながら頬杖をついていた俺は、部屋の隅に転がっている奇妙な物体に気付いた。

「お、トナカイじゃないか」

 床の上に無造作に置かれていたのは、何あろう、クリパの一発芸で苦楽を共にした、というか苦笑と嘲笑を共に受けたトナカイの被り物である。

 思い出すだけで死にたくなる思い出が高校に入って二つほどできたが、その内の一つはこいつのせいだ。

「……実は結構自信あったんだけどな」

 伸ばした足をトナカイに引っ掛けて、自分の胸元まで持ってくる。

 作り物のつぶらな瞳が、咎めるように俺を見た。

 悪かったな。一々立ち上がるのが億劫だったんだよ。

「あんまり怒るなって。また被ってやるからさ」

 被り物と会話するという他人に見られたら黄色い救急車を呼ばれかねない禁じられた一人遊びに興じていた俺は、そのまま何なく自分の頭をトナカイの中に突っ込んでみた。

 恥まみれトナカイ男の完成である。

「何つってな」

 しかし、相変わらずアホみたいに重いなこれ。角をぐいっとやられたら俺の首までポキっといっちまいそうだ。

 物騒な事を考えながら立ち上がった俺は、衣装ハンガーの奥に置かれた朝比奈さん用の姿見の前で、自分のトナカイっぷりを確認する。

 ふむ、これはこれでイケてるような気もしないでもない。

 大体ほとんどトナカイなんだし、仮に古泉なんかが被ったとしても、大しておれと変わらないんじゃないだろうか。

 ……よし。

「どうも、皆さんのニキビ治療薬こと、古泉一樹です」

 歯を光らせるのも忘れない。

「禁則事項ですぅ」

 ちなみに裏声だ。

「…………」

 長門だから無言だ。

「ちょっとキョン! ……ごめんなさい」

 妄想の中でぐらい謝らせてもいいはずだ。

 そんな感じで俺の一人トナカイ物真似はヒートアップしつつ、放送禁止コードに引っかかる直前まで突っ走るのだった。

 

 

 

 

「いやぁー、かなり堪能しちまったな」

 ついでにかなりの痴態を晒していたような気もするが、無意味にテンションが上がる瞬間ってのは誰にでもあるわけだし、そもそも今ここには俺しかいないんだから、他人の目を気にするなんてナンセンスもいいとこだ。何しようと俺の勝手で自由じゃないか。そんな日があったっていいじゃないか。

 よし、自己弁護も終了した所で、そろそろこいつを脱ぐかね。

 さらばトナカイ。人前では二度とやらんけど、こっそりなら偶に被ってやるからな。

 俺は時間限定の友人にお別れを告げるため、ふさふさした首根っこを掴み上げる。  

「よいしょ……っと」

 掴み上げる。

「ふいしょっ!」

 掴み上げる。

「ふんぬぬぬぬぅっ!」

 掴み上げる。

「うおおおおおおっ!!」

 掴み上げる。 

「ぐぅんぬおおおおおおおおおおおっっ!!」

 掴み上げる。

「ふんっ! とうっ! せいやっ! 死ね!……いや、死ねは酷すぎるよな、うん。すまんすまん、悪かったよトナカイ……と見せかけてフェイントでふんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………抜けませんでした。

 

 

 

 

 トナカイ・ミーツ・ガールズ  / 1