部室でグータラしていると、それまで窓の外をぼんやりと眺めていたハルヒがやおら立ち上がり、こんな事をのたまった。
「飽きた」
 秋田?
「ちっがう! 飽、き、た! 飽きたのよ! あたしは!」
 飽きたって、そりゃいつまでも窓の外ばっか眺めてたら嫌でも飽きがくるだろうさ。趣で好奇心は満たされないからな。
「涼宮さん、一体何に飽きたのですか?」
 微妙に焦りの混じった声で問いかけたのは古泉だ。ハルヒの「飽きた」とか「つまんない」とかはこいつらにとってかなりのNGワードらしい。この類の言葉が出ると古泉は巨神兵みたいな奴らにボコボコにされ、その代償が巡り巡って俺にも還元されるという捻くれたシステムが採用されている。理不尽だよな、まったく。
 ハルヒは自分の頭を片手でわしゃわしゃとやりながら、
「キャラよキャラ! あたしはパーフェクト! みくるちゃんはロリ巨乳ドジっ子萌え! 有希は元メガネで読書で無口かつ地味に万能! 古泉君はさわやかでそつの無いモテモテ転校生! キョンはジジ臭い突っ込み! このテンプレに飽きたの!」
 俺だけ凄い貶されてる。しかもこいつ、自分のことパーフェクトキャラだと思ってたのか? 近年稀に見る爆笑ものの勘違いだ。どちらかと言えば欠陥住宅キャラだろうが。頻繁に倒壊する。
「しかし、それは皆さん持って生まれた性分ですので、いかんともし難いかと」
 馬鹿丁寧に答える古泉。そう言えば、こいつはキャラ作ってるらしいな。実際はどんな奴なのかね。ま、あんま知りたいとも思わんけど。
 しかしハルヒは、そんな言葉をヘッドホンでも付けているのかと疑いたくなるぐらいサラっと無視して、
「というわけで、今日は皆で色んなキャラを試してみるわよ! 時には型から入ることも大切なの。虚が実になるかもしんないしね!」
 拳を握り締めて宣言するハルヒから逃れる術は無さそうで、俺はいつものようにため息をつくのだった。












 たまにはこんなSOS /












「じゃ、まずは、そうねー、あたしがドMキャラやるから、みくるちゃんはあたしをいじめる鬼畜キャラやって。古泉君は超変態っぽく。有希は……うーん、語尾ににゃんをつけて喋りなさい。露骨な萌えね。キョンはもっと積極的に突っ込んで。いいわね? 行くわよ? レディー、ゴーっ!」





「あ〜ん、みくるさまぁ〜ん! もっと、もっといじめてぇ〜ん! 具体的に言うとその角ばった所であたしの柔らかい所を殴りつけてぇ〜ん!」
「へっへっへー、こ、この、めめめ、めす、うぅ、めすぶたがぁ、ど、どうしょうもない変態おんなだぜー。お前の、あの、あれは、こういう角ばったのが、その、よ、よ、……ひぐっ、こ、こんな汚い言葉使えましぇ〜んっ」
「ああ、堪りません。堪りませんよこれは。思わず鼻息も荒くなろうというものです。早くカメラを回さなくては。今夜は自宅で一人マラソン大会ですよ」
「……この状況は非常にユニークにゃん」
「お前ら素直に従うのかよ! どんだけ言いなりなんだよ! お前らはあれか! ……えーっと、ほら、生まれたてのあいつか! 地球に優しい哺乳類か!」













「……なんか違うわね」
「ひぐっ、む、無理ですよぅ。あんなのできませんよぅ」
「と言うか、ほぼ全員が変態になってましたね」
「……にゃん」
「どうでもいいんだけどさ、なんか俺だけキャラじゃないような気がするんだが」
「あー、もう次よ次! あたしは病弱キャラで行くわ。みくるちゃんは大魔王キャラね。古泉君は熱血キャラ! 有希はデブキャラよ! キョンはもっと具体的に突っ込みなさい! レディーっ、ごー!」





「ねえ、看護婦さん? あの枯葉が落ちるまで、あたしの命は持つのかしら。……ううん、いいの。そんな慰めはいらないから。わかってるのよ。もう、長くは持たないのよね。ふふっ、そこの枯葉さん? 私のか細い命とあなたの小さな体、どっちが早く落ちて割れるか、競争しましょうか?」
「ぐ、ぐはは、はははー。わいしょうなるにんげんどもよー。我が足元にひれふすがよいわー。動植物もひれふすがよいわー。そこの枯葉もひざまずかせてやるぞー、それドーン、ドーン……うぅ、こ、こんなことしたら、あの子が、あの子が死んじゃいます〜」
「うおおおおーー!! 許せない! 許せないぞ大魔王め! 人類と動植物と、何より病室のあの子のために、僕がお前を絶対に倒してやる! 父の形見のこの伝説の剣と、愛と勇気と希望が詰まった封印の宝玉で!」
「……豚骨ラーメン千杯、ネギ大目で」
「ぐ、具体的? 具体的って、えーっと、枯葉と競争とか、そもそも枯葉に意志は無いから競争と言う概念が成り立たないだろうが! あと大魔王も、動植物をひれふさせるのは難しいだろうが! 愛と勇気と希望とか抽象的概念を形有る物に詰めるのは不可能だろうが! 豚骨ラーメン千杯も食ったらお腹壊しちゃうだろうが!」













「……なんか暑っ苦しいわね」
「うぅ、ごめんなさい〜。あたしのせいで、あたしのせいであの子が〜」
「いやー、僕は結構楽しかったですよ。いいストレス発散になりました」
「……餃子千個」
「いや、あのさ、本当にどうでもいいんだぜ? でもさ、何か俺だけ種類が違うって言うか」
「めげずに次いってみましょう! あたしがお嬢様。みくるちゃんは猟奇。古泉君はカサノバキャラ。有希は中年のあばずれ女。キョンもさっきのは悪くなかったわよ。今度はもっと森羅万象に向かって突っ込んでいきなさい。はい、レディー、ごぅ!」





「ふー、今日もいい天気ですわね。爺や、爺や! 朝食をテラスに運ばせなさい。46年物のワインも一緒にね。この晴天に相応しいブレックファーストを……ん? 何ですって? メイドがあたくしのお気に入りのグラスを割ったですって? その子、すぐに呼んでいらっしゃい。あたくしが直々にお仕置きして差し上げますわ」
「ああ、お嬢さま。何て美しいのかしら。でも所詮は手の届かぬお人。メイドの私とは身分が違いすぎる。尖塔の薔薇のようだわ。どれだけ手を伸ばしても摘み取れるものでないのなら、いっそ、いっそバラバラにして……え? ば、ばらばら? こ、怖すぎますぅ! あたし、あたしそんなことできません!」
「ふふっ、お嬢様といい、あのメイドといい、この屋敷には美しい花が咲き乱れているね。今夜はどちらを散らせてしまおうか……いや、いっそ二人一緒というのもいいかもしれない。ふ、そうと決まれば、朝食に同席しなくては。ワインは時間をスローにしてくれるからね。ゆっくりと時間をかけて摘み取った方が、散らす時の風情も増すというもの」
「……私の上を通り過ぎて行った男は、数知れず」
「森羅万象って、あれか? あらゆる自然物に、みたいなことか? ……あ、あの雲ユルい形してんなあオイ! やる気あんのかこの野郎! 空気もやたら綺麗だし! もっと濁れよ! ドロドロした人間模様を水鏡に映すぐらい濁れよ! 草木も今後の波乱を想起させるぐらいざわめけよ! 吹けよ嵐! 嵐が丘!」













「……何かまた変な方向行っちゃったわね」
「うぅ〜、途中までちょっと素敵かもと思ってたのにぃ」
「はは、やっぱり僕にああいうのは向かないみたいです。どうにも鳥肌が」
「……私を抱きなさい」
「あー、おほん。ハルヒ、そのだな、俺にももうちょっと、何かこう皆と同じような奴を」
「まだまだぁ! 次はあたしヤンキーやるわ! みくるちゃんはスーツ姿の出来る女。古泉君は職人で、有希はロボ。キョンはもっとでっかく、宇宙を目指して突っ込みなさい! せーの、ゴーっ!」





「あーん? てめえさっきから何ガンつけてんだコラ? どこ中だコラ? どの地区のどこ中だコラ? タバコ同時に何本吸えんだコラ?」
「何か用事ですか? 私、今日スケジュールが詰まってるんですけど。できる女は休みの日もジムとか検定の勉強とかで忙しいんですけど。おかげで彼氏が五年いないんですけど。月四十万近く稼げるんで、ダンナとか欲しくないんですけど。最近よく一人で演劇とか観に行くんですけど。誰にも見せない涙を暗い劇場で一人流すんですけど。……女の子の幸せって、何なんだろう……」
「嬢ちゃんたち、グダグダ言ってないでこのロボを見てみな。こいつぁ職人の魂が籠もったロボなんだ。太陽電池で動くし、産業廃棄物も一切出さない、地球に優しいエコロボさ。でもよ、完璧に作りすぎたせいで人の心を持ってしまい、無機物と有機物の間で苦しんでんだ。こいつに比べりゃ、嬢ちゃんたちは恵まれてるんだ。そいつを忘れちゃいけねえよ」 
「……おトっつぁん、ハヤくアブラをサしてロボ」
「う、宇宙でかすぎんだろうがコンチクショウ!! いつまで広がってんだよこの見境無しが! その内縮んじゃうからってなあ、やっていいことと悪い事があんだよ! 小学校の時に先生から『あんまり広がっちゃダメよ』って習わなかったのかよ! ちっぽけな悩みを抱えて苦しみ続ける俺たちの事も考えろよ! ちょっと宇宙の事を考えたら何となく死にたくなっちゃうだろうが! あれ何でだよ!」













「……なんか、ひっちゃかめっちゃかになってきたわね。何がいけないのかしら」
「あたし、幸せになれるのかなぁ。お仕事より、素敵な結婚生活の方がいいなぁ」
「皆さん、最早キャラではありませんしね」
「……おトっつぁん、ハヤくニンゲンにナりたいロボ」
「な、なぁ、ハルヒ。俺もさ、たまには突っ込み以外の事をやりたいなぁー、なんて思ったり思わなかったり」
「負けるもんですか! あたしは保健室の教師! みくるちゃんは幼児キャラ! 古泉君はエセアメリカ人キャラ! 有希はおっとり京都弁! あ、それとキョンはあの日の思い出に向かって突っ込みなさい。じゃ、いくわよ。レディ〜、」





「いい加減にしろよ!!」








「……キョン。いきなりどうしたのよ、そんな大声出して」
「何でさっきから俺だけ突っ込みばっかりなんだよ! 宇宙とか意味わかんねえし! ちゃんとキャラを振ってくれよ!」
「え、だってあんた、キャラをコロコロ変えれるほど器用じゃないし」
「知ったような口聞くなよな! 俺だって、俺だってな、心の内側には色んなキャラが……いや、もういいよ。今日は帰る。お前ら、四人で楽しくやってればいいじゃないか。じゃあな!」
「あ、ちょっと待って、待ちなさいって、キョン! …………あーあ、行っちゃった」













「……ねえ、今のキョン、結構良くなかった? あたしちょっとキュンときちゃったんだけど。キョンにキュンときちゃったんだけど」
「うん、かわいかったですね。なんだかんだで年下さんなんだな〜って思いました」
「拗ねキャラ、とでも言いましょうかね。普段の老成した雰囲気とのギャップをここで生かすとは、さすがです」
「……悪くないどすえ」
「あ、やっぱり皆もそう思う? いやー、今回はキョンに一本取られちゃったわね!」
「「「あっはっはっはっはっはっは」」」
「……悪くないどすえ」















「……ちぇ、誰か一人ぐらい追いかけてこいよな」