キョンくんと別れた後、わたしは一人こっそりと公園に戻ってきた。
何となくもったいない気がして、そのまま帰る気分にはなれなかったのだ。何がもったいないのかは、自分でもよく分からないけれど。
ついさっきまで座っていたベンチに腰掛けると、既に二人分の体温は消えていて、また一から暖め直さなくてはならなかった。
布地越しの冷たい感触に体を縮めながら、もう少しで暗くなりそうな空を見上げる。
みっともない所を見せてしまったなぁ。ぼんやりと思う。わたしの方が、学年は上なのに。
あ、だけど実際は皆私よりずっと前の、ずっと遠い時間を生きている人なんだから、ひょっとしたらこれで正しいのかも。
そこまで考えて、自分の頭をぽかりと叩く。
ダメだ。さっき決めたばっかりだった。甘い考えは捨てないと。
もっと頑張らなくちゃ。頑張って、認められて、もっと色んなことができるようにならなくちゃ。
そうしたら、言われるがままじゃなくて、自分で決めて、自分で動ける。
役立たずの着せ替え人形なんかじゃないっていう所を見せないと。
彼は『違います』って言ってくれた。だったら、そうならないと。
何より、わたし自身の小さなプライドのために。
いざと言う時、自分で大切なものを守れるような立場でありたいのだ。
「申請書、もっといっぱい書こう」
口に出して決意を固める。
できることなんて今はそれぐらいしか思い浮かばない。ちょっと情けないけど、きっと無駄にはならないはず。
いつかきっと報われる。今はそう信じることができた。
そのままぼーっと雲の流れを追っていたわたしの目の前に、小さな靴が二つ飛んできた。
わたしがびっくりしていると、靴の後を追うようにして小さな男の子が二人、ベンチの傍まで駆け寄ってくる。
子供たちは靴の周りで楽しそうに騒いだ後、つっかけたばかりの靴を再び放り上げた。
靴を飛ばして遊んでいるみたい。変わった遊びだなぁ、面白いのかなぁ。
風に煽られる草の音みたいな騒ぎ声を聞いていると、何だか自分も混ざってみたくなる。
でも、わたし高校生だし、混ぜてもらうのはちょっと恥ずかしいな。第一、今日ブーツだし。
試しに足を振ってみても、スニーカーよりずっと重いブーツは、あんな風に上手く飛ばせそうに無かった。
そう、上手くできないんだ。きっと。
「……やってみよう」
それでも決心したわたしはベンチから立ち上がると、片方の足を引き抜くようにして、つま先をブーツのくびれに引っ掛ける。
よし。これなら何とか飛ばせそう。
片足立ちのまま、浮かせたブーツをゆっくりと前後に揺らす。ぷらぷら。頼りなく漂うブーツは、何だかわたしみたいだった。
それでも、足を思いっきり突き出せば、きっと遠くまで飛んでいく。
わたしは少しドキドキしながら、自分なりのタイミングを計り始める。
いち……にの、
さん!
「ひゃうっ」
勢いをつけすぎたわたしは、思わずその場に尻餅をついた。きっと間抜けな格好をしているに違いない。
高く空を舞うはずだったブーツの片割れは、そんな持ち主を嘲笑うかのように、低い位置でくるりと回り、目の前の地面でくたりと倒れる。
いつの間にかこちらを見ていた子供たちは、気まずそうにわたしから目を逸らすと、二人だけで呆れるように笑い合う。
ああ、と思った。
彼らとわたしは違うんだ。年齢も、思い出も、遊び方も、本当は生きている時間だって。あの二人は同じ所にいて、わたしは遠くでそれを見てるんだ。
情けなくて寂しくて、何だか涙が出そうだった。
でも、ここで泣くわけにはいかない。
さっき泣いちゃったばっかりだし。それに、いくらなんでもあんな小さい子供の前で、みっともなく涙目になんかなれない。
わたしにだって意地があるんだから。
目の前に横たわったブーツを引き寄せて足首を入れ、もう一度、力いっぱいのつもりで放り上げる。
今度は目の高さまで飛んだ。
もう一回。
今度は胸の高さだけど、さっきよりも遠くまで飛んだ。
もう一回。また尻餅をついた。
だけど今度はわたしの背を飛び越して、さっきよりもっと遠くに飛んだ。
大きな進歩。
だから、もう一回。
そして、十四回目のチャレンジ。
「あ!」
わたしの足を離れたブーツは、くるくると回りながら、川に届きそうなほど遠く、木立の枝に届くぐらい高く飛んだ。
思わず声をあげたわたしたちの視線の先で、くるくると回転しながら、それでもしっかりと靴底を下にして着地したブーツは、ピンと立ったまま倒れようとはしない。
口が開きっぱなしのわたし。
そんなわたしを見て、そして互いに目を見合わせた二人は、一瞬間を置いて、パチパチと手を鳴らし始めた。
片方の子が大声で言う。
表だから、明日は晴れだ!
わたしは少し笑って、そうなるといいな、と思った。